大判例

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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)287号 判決

控訴人(被告) 青森県知事

被控訴人(原告) 原田擢実

原審 青森地方昭和三一年(行)第一九号(例集九巻五号83参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は原判決を取消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、次に記載する事項のほか、すべて原判決摘示事実と同一であるから、これを引用する。

被控訴人の陳述

仮に控訴人が主張するように水田に隣接する林木を数間巾で伐採する慣習があるとするも、このような慣習は法治国において許されない。林木を保存し培養することは地主の自由であり、その林木を侵害することは許されない。(憲法第二九条、民法第二三三条、森林法第一六条・一九七条)

成田運次郎の本件林木の伐採は明らかに不法行為であり、信義に違反する行為である。

被控訴人の従前の主張に反する控訴人の左記主張事実を否認する。

控訴代理人の陳述

(一)  本件農地の隣接原野は、もと中柏木部落の共有放牧山林の一部で、昭和一〇年ころ共有部落民に分割されたが、水田に隣接する巾五間の原野は、一反歩二〇円(時価の三分の一の価格)で水田所有者に、その余の部分を部落民に分割された。

右のように水田所有者に隣接原野を巾五間で分割したのは、従前から水田耕作者が隣接原野に繁茂する雑木を五間巾に伐採していたためで、山間の雑木林にはさまれた細長い水田では、雑木の成長に委せるときは、日照通風が悪くなり、鳥・獣・虫などの害を招くから、雑木を伐採する必要があるのである。それで共有原野を分割する際、水田所有者に優先的に隣接原野を五間巾で分割され、水田利用の確保を計つたのである。

本件原野も右のような事情で被控訴人の父原田薫次郎に分割されたものであり、本件原野は農地利用の確保のために存在し、かつ、そのために伐採されることがその目的である。

(二)  農地改革以前は賃借人が本件農地と同じような条件で周囲の雑木を伐採しないときは惰農とみなされ、賃貸人から賃借地を取上げられることすらあつたのであり、本件農地の所在する中柏木部落では、賃借人は生産確保のため、賃貸人の承諾を得ないで隣接地の雑木を平穏に伐採してきた。

そして伐採した雑木は賃貸人の所有に帰したが、それは同部落では薪炭材が極めて豊富で伐採木の価格は伐採のための労賃よりも小額であつたからである。

右のような慣行は現在もなお存続している。

(三)  本件農地は、昭和一九年ころ成田運次郎が被控訴人の父薫次郎から懇望されて耕作を開始し、当初の小作料は薫次郎の要望により反当米二俵と定めた。

賃借人成田は、前記慣行に加えて薫次郎の要望により耕作した事情もあり、賃貸人の了解を得ないで隣接原野の雑木を伐採していたが、賃貸人から苦情を申入れられたことは一度もなかつた。

ところが被控訴人は、成田が昭和二七年本件農地の北部にあたる原野の雑木を伐採した際、はじめて苦情を申入れたので、成田は前記慣行と賃借権があることを理由に雑木の伐採につき承諾を求めたが、被控訴人は賃貸人の義務に反し承諾を肯んじなかつた。

(四)  被控訴人は、父薫次郎から贈与を受けた農地を順次小作人から取上げ、或は売払つた。そして昭和二八年当時小作地としては本件農地を残すのみであつた。また、被控訴人は約五反歩のりんご園を経営しているが、手入を怠つているため、害虫の源泉地といわれる程で、経営能力が疑われている。

被控訴人は、本件農地の取上を策し、成田が昭和二八年本件原野の雑木を伐採したことに乗じ、契約解除の挙に出たのである。

しかし、成田の立木伐採行為は、前記のとおり本件農地の耕作上必要やむを得ざるものであり、伐採による被害も軽微であるにもかかわらず、被控訴人は却つてその義務に反し、雑木の伐採を承諾しなかつたのであるから、成田の伐採行為が信義に反するということができない。

証拠関係〈省略〉

理由

(一)  被控訴人が昭和二四年一月一日成田運次郎に対し、被控訴人所有の青森県北津軽郡金木町大字中柏木字不動野一番田四反七畝六歩(実測面積約六反)を期間五箇年、賃料一箇年三六七円、毎年一二月三一日までに支払う定めで賃貸し、以来成田が耕作してきたこと、被控訴人が昭和三一年七月二四日喜瀬村農業委員会を経由し控訴人知事に対し、賃借人成田が信義に反した行為をしたことを理由に本件農地の賃貸借解除の許可申請をしたところ、控訴人知事は同年一〇月二三日付指令第六、七七一号をもつて右申請を許可しない旨の処分をし、同月三一日指令書を被控訴人に送達したこと、これに対し、被控訴人が同年一二月二四日農林大臣に訴願を提起したことは当事者間に争がない。

(二)  被控訴人は本訴提起につき、本件賃貸借の解除事由は昭和二五年にさかのぼるところ、被控訴人がさきにした本件農地の賃貸借解除許可の申請は喜瀬村農業委員会の過失により却下される憂目にあい、前記不許可処分を受けるまでに六箇年の日時を空費したのにそのうえ訴願の結果を待つにおいては、いかほど日時を費やすか計り知れないのであり、かくては被控訴人が本件農地を自作する時機を失い、被控訴人の被る損害は甚大であると主張するので判断するに、被控訴人の立証によつては「訴願の裁決を経ることに因り、著しい損害を生ずる虞のある」ものと認めることはできないから、この点からいえば、訴願の裁決を経ないで提起された本訴は不適法というべきである。しかし、本件弁論の全趣旨によると、本訴提起後三箇月を経過しても、農林大臣が被控訴人の前記訴願につき裁決しないことが明らかであるから、これにより本訴のきずは治癒されたものというべきである。

(三)  そこで本案につき判断するに、前示争のない事実に、成立に争のない甲第一号証の一、第五号証の三、第六号証の一、第七号証、第一三号証、第一七号証、原審での証人松江伊三郎(第一回)・木立民五郎の各証言を総合すると、次の事実を認定することができる。

すなわち、被控訴人は昭和二八年三月二三日付書面をもつて、(イ)本件農地の賃貸期間が同年未満了すること、(ロ)賃借人成田が本件農地に隣接する被控訴人所有の山林を盗伐し信義に反する行為をしたこと、(ハ)被控訴人が父から借りているりんご畑五反歩は、被控訴人が継母と折合わないために長期間にわたり耕作できる保証がないこと(ニ)被控訴人は家屋を持つていなかつたのでこれを建築したが、負債が一八万円も残り経済的に行きづまつていることを事由として、控訴人知事あてに本件農地の賃貸借解除の許可申請書を喜瀬村農業委員会に提出したが、その際被控訴人は同農業委員会書記の誤つた指示により右申請書の「賃貸借の解約申入をしようとする日」らんに同年四月一五日と記載し、かつ同農業委員会が被控訴人と成田との和解をはかり知事に対する申達を怠つたため、被控訴人知事は昭和二九年二月四日付指令書をもつて、被控訴人の右許可申請は農地法施行規則第一四条所定の賃貸借を解除する日の三箇月前までに所轄農業委員会に提出しなかつたことを理由に却下したこと、被控訴人は改めて昭和三一年七月二四日付書面をもつて、喜瀬村農業委員会を経由し控訴人知事に対し、賃借人成田が昭和二五年から昭和二七年にわたり、被控訴人が再三警告・制止したにもかかわらず、本件農地の南・北に密生する被控訴人所有の山林を、耕作の妨害になると強弁して三反五畝歩にわたり伐採して不法に利得し、賃貸人に対し信義に反する行為をした旨及び被控訴人がさきに賃貸借解除許可申請が却下された後成田は被控訴人をあなどり敵対し、損害賠償もせず、小作料を納付しないなど信義に反する行為を繰返していることを事由に本件農地の賃貸借解除許可申請をしたのに対し、控訴人知事は、賃借人成田に被控訴人主張のような信義に反する行為は認められないとの理由をもつて、不許可処分をしたことが明らかである。

進んで、賃借人成田に信義に反する行為があつたかどうかを検討するに、右成田が昭和二五年中本件農地の南方に隣接する被控訴人所有の字鎧石三七四番の一七号及び同番の二〇号原野の雑立木を伐採し、さらに昭和二七年中本件農地の北方に隣接する被控訴人所有の同番の三五及び同番の四三号原野の雑立木を伐採したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証、第八号証の一・二、第九ないし第一一号証、原審での証人成田運次郎(第一・二回)の各証言及び検証の結果を総合すると、賃借人成田は昭和二五年中右原野の雑立木を伐採し、被控訴人から注意を受けたにもかかわらず本件農地の耕作者は右原野の雑立木を伐採することができると考え被控訴人に無断で昭和二七年一〇月ころ再び右原野の雑立木を伐採したこと、被控訴人は右立木の伐採につき、昭和二九年九月二〇日森林法違反として青森地方検察庁に対し成田を告訴した結果、昭和三〇年九月一四日成田は起訴せられ、同月一六日五所川原簡易裁判所において略式命令をもつて同罪により罰金三、〇〇〇円に処せられ該命令はそのころ確定したこと(処刑の事実並び略式命令が確定した事実は当事者間に争がない。)、成田が右伐木した範囲は本件農地の南側及び北側に隣接する巾五間にわたる全地域(ただし、南側原野の一部を除く、)でその伐木は概ね柴(太いもので直径三寸)で、成田は合計約一〇〇束のそだを得たことが認められ、右に認定に反する証拠はない。

控訴人は、本件農地のような谷あいの水田において、周辺の雑木の成長に委せるときは、作物に対する日照、通風を妨げ、また、鳥獣・虫などの害を招くので、これを防ぐため隣接土地の雑木を数間巾で伐採する慣行があり、農地の耕作者は隣接土地の使用権を有するということができる。ことに本件原野は、中柏木部落有の時代から水田耕作者が隣接原野に繁茂する雑木を五間巾で伐採してきた事情があつて、被控訴人の父薫次郎に分割されたのであり、本件原野は本件農地の利用確保のために存在する旨主張する。

なるほど、原審での検証の結果によると、本件農地は丘陵にはさまれ東西に細長い水田で、被控訴人所有の前記原野の斜面が北方及び南方から迫つており、その斜面には雑木が自生していることが明らかで、雑木の成長に委せるときは作物に対する日照及び通風の妨げとなることが推認され、このような山あいの農地では、作物に対する日照を多くするため、ある程度隣接地域の草木を切除くことは一般公知の事実である。そして、成立に争のない甲第一五号証、原審での証人成田光雄・成田市作・杉山金之丞、当審での証人成田松五郎・杉山金蔵・成田勇蔵の各証言によると、被控訴人所有の前記原野は、もと中柏木部落有の字鎧石三七四番原野の一部で、昭和一〇年ころ部落民に分割譲渡した際、被控訴人の父薫次郎に分割譲渡されたこと、右分割譲渡する際、従来右原野に隣接して農地を所有する者は、作物に対する日照・通風をはかるため、五間巾で周辺原野の雑木を伐採してきた事情があり、もし、農地に隣接する周辺原野を当該農地所有者以外の者に分割譲渡し、植林された場合には、農地所有者は作物に対する日照・通風の利便を失うので、農地所有者の希望により、五間巾で農地の周辺原野を農地所有者に分譲したことが認められるのである。

しかし、右隣接地の草木を切除く慣行はあくまでも慣行であり、農地の耕作者の権利と解することができないことは民法第二三三条の規定よりみるも明らかである。また、本件原野が前示の経緯により分譲されたことをもつて、本件原野が本件農地の利用確保のためにのみ存在すると解することはできない。かえつて右の各証言及び原審での検証の結果によると、本件農地付近には本件と同様の状況にある水田があり、小作人は従来地主の同意を得て隣接地の雑木を刈取つていること、本件原野が分譲される以前においては、農地所有者(耕作者)は、作物に対する日照・通風をはかるため、隣接原野の雑木を伐採する必要があるときは、中柏木部落にその旨申出でその承諾を得て雑木を伐採していたことが認められる。

右認定に反する原審での証人成田運次郎(第一・二回)・成田光男・成田市作・木立民五郎の各証言の一部は措信しない。

控訴人はまた、賃借人成田が被控訴人に対し伐木の申入をしたのに対し、被控訴人は賃貸人の義務に背いて承諾しなかつた旨主張するが、全証拠によるも成田が伐木につき事前に被控訴人の承諾を求めたことが認められないばかりでなく、前示認定事実によると、賃借人成田は所有者である被控訴人に無断で、しかも日照に関係のない本件農地の北側原野の全地域にわたり雑木を伐採したことが明らかであり、控訴人の右の主張は理由がない。

してみると、賃借人成田の前示雑木の伐採は、被控訴人に対する不法行為というべく、該不法行為が以上認定のとおり本件農地使用収益に関連して行なわれ、今にして成田が被控訴人に対し損害を賠償し、または陳謝するなど誠意を示したことの形跡すらない本件では、農地法第二〇条にいわゆる賃借人が信義に反した行為をした場合に該当するものと解することが相当であり、控訴人知事が賃借人成田に信義に反する行為が認められないとして、本件賃貸借の解除につき不許可の処分をしたことは違法というべく、本件請求はこの点において理由がある。

以上と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民訴法第三八四条・九五条・八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 羽染徳次)

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